『朝顔』






手紙 1枚目


拝啓、もう如何することも出来ない位に遠くにお住まいの方へ

はじめまして。突然、知らない住所から手紙が来て驚いたことでしょう。

もしかしたら、この手紙は読まれずに捨てられているかもしれません。

そのほうが良かったのかもしれません。

もしも、この手紙が読まれているのなら、田舎娘のつまらない身の上話を聞き流していただけないでしょうか。

どうか私を許してください。





手紙 2枚目


私のクラスには、あの子がいました。

綺麗な人でした。

早朝の朝日に照らされたあの子の白肌は、朝露が反射しキラキラと輝く朝顔の様でした。

無口な人でした。

誰とも深く関わることはなく、私はあの子の口角が上がったところを見たことがありませんでした。

私のような雑草は、遠巻きに彼女に見惚れるしかありませんでした。

ある日、風の噂であの子は裏山へ行き花の手入れをしている、と聞きました

私は学校の花壇を手入れする係に立候補したり、家で三色菫だの薔薇だの秋桜だの、朝顔も育てている程の花好きだったのです。

普段は神など信じないのですが、それでも、その話を聞いたときだけは、神様が人生に一度きりの機会を与えてくださったのだと思いました。

なんとか、あの子とお話をして、

翌日に花の手入れに同行させてもらえるようになりました。

私は嬉しくて、嬉しくて、何度も神様に、ありがとうございます。と感謝しました。



翌日、校舎裏の山道を歩き、崩れそうな木造の小屋に着きました。

小屋は蔦で覆われていて、朝顔の花が1つ2つ咲いていました。

この辺りの山には、本来朝顔は自生していないはずですが、

昔は登山道が開かれていたそうですから、誰かの衣服についてきた種が、ここで根を張ったのでしょう。

朝顔の生命力は強いと聞きますが、小屋の壁を貫くように蔦が伸びている様を見ると、その言葉にも頷けました。

小屋の中は、椅子や机や箪笥や手鏡なんかも置いてありました。

田舎の方だと、廃墟を荒らす人もいないからと管理が疎かになりがちなのはよくあることです。

私たちはそれから毎日、水やりに行きました。





手紙 3枚目


雨あがりの日でした。

梅雨が過ぎ去って、初夏の気配が山の空気に混じりはじめた頃でした。

山道の木々草花は青々と、力強い生命力に満ち溢れていました。

それに雨粒の残りが太陽に照らされ、あの子の肌のように輝いております。

道中、泥濘に足を取られることが1、2度ほどありましたが、土の香りの芳醇な様を感じると、それも苦ではありませんでした。

いつものように小屋に着くと、朝顔の花はありませんでした。

雨と風で花が落ちてしまっていたのです。

私は小屋の周りの朝顔の状態確認を、あの子は小屋の中に侵食した朝顔の状態を確認しました。

しばらく経った後、何かが崩れるような、大きな音がしました。

私が小屋の中に入ると、あの子の頭は小屋の中にあった箪笥の下敷きになっていました。

血が水溜まりのように溜まって、蔦から溢れた木漏れ日が反射して照照としていて。

箪笥からはみ出した指が、まだピクピクと動いていたのを今でも覚えています。

私は恐ろしくなってその場から逃げ出しました。



田舎ですから、あの子がいなくなったことはすぐに村中に広まりました。

村ぐるみで捜索をしましたが、行方不明という形になりました。

私はその際、初めてあの子の両親に会いましたが、母親も父親も、まるであの子の面影がなく

どんな魔法をつかったら、あんな生花のような子が、この二人から生まれたのだろう。

あの子の両親と顔を合わせるたび、そんなことを考えていました。

村の老人やおばさまたちは、あの子は不貞の子だの、山神を怒らせただの、噂話と迷信がこちゃまぜになったようなことを話していました。



私は、今日まで誰にも話さず黙っていたのです。





手紙 4枚目
 

1年が経ち、私は中学3年生になりました。

あの子の命日でした。

私はあの子がどうなってしまったか気になって、小屋に行きました。

よく、殺人犯は現場に戻ってくるなんて言いますけど、そういうことだったのでしょうか。

私は殺していないけど、私が見捨ててしまったのには変わりありませんから。

小屋の周りに朝顔は咲いていませんでした。

誰も手入れをする人がいなかったので仕方のないことですが、雑草が生い茂っていました。

私は恐る恐る小屋の扉を開け、中に入りました。

そこにあったのは、朝露を纏い木漏れ日にキラキラと輝く、小屋の床を埋め尽くす、満開の朝顔。

あの子の髪のようにしなやか蔦

あの子の肌のように滑らかな葉

あの子の唇のように赤い花

あの子は朝顔になってしまいました。





手紙 5枚目


3日後に、私の村はダムの底に沈んでしまいます。

もうあの子には会うことはできません。

水は巡り巡って人々の血肉になる。

あの子が溶けた水が、顔も知らない誰かに使われるなんて

そんなの、そんなの、あんまりです。

友達として、彼女の最後を知っている者として、私はあの子を守りたい。

せめて誰かの記憶の中では形を保って欲しかったのです。

どうか、警察には通報しないでください。

この手紙と一緒に、朝顔の種を少しだけ入れておきます。

それでは、さようなら。


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